サンティアゴ巡礼。それはキリスト教三大聖地の一つ「サンティアゴ・コンポステーラ」の大聖堂を最終地点とし、敬虔なクリスチャンが自身の信仰と向き合うために、仕事を捨て、日常生活からも離れて、歩いていくもの。1200年の歴史を持つが、現在はクリスチャンだけでなく、世界中の旅愛好家や人生に悩む人々が、こぞってこの道を歩く。
この連載では、そんな巡礼を「大学生最後の旅行」と題して訪れたまつながが、膝を痛めたり粗食に魅了されたり、はたまた24歳なりの悟りの一部を開く顛末を描く。(毎週金曜更新)
今回は番外編。これまでちょっとばかり真面目すぎたため、力を抜いたものをお送りする。
巡礼は6日間という短い期間ではあったが、やはり悩むのは洗濯物である。
日本から出国するまで、10kg近いリュックを背負って100km近くを歩くことを考えていたため、軽くするためにはどうすればいいのか…と苦慮していた。
結果、
・トップス3枚
・インナー上下ともに4枚
・ボトムズ2枚
・靴下5足
を持って行った。それでも、10kgほどになったため、これでも多い方らしい。
巡礼のためのホステルの多くは洗濯機が備えられていることが多いため、毎日少し高めの料金を払い、洗濯機を回すしかし、まれに他の巡礼者がぐるぐると長時間回していることがあるので、手洗いする必要がある。念のため、日本から「ウタマロ」という固形石鹸を持ってきていたので、これでゴシゴシと洗う日もあった。
しかし、問題なのは乾燥方法である。
目的地について、すぐにシャワーを浴びて、そのまま着用した衣服を洗うのだが、手洗いしたものが乾くまで、季節が冬ということでかなりの時間を要する。ホステルに備え付けられているドライヤーで頑張って乾かすにしても限界というものがある。そのため、翌日になっても乾かなかった衣服はリュックに詰め込むこともあれば、着用したら乾くだろう精神で、生乾き臭を漂わせながら巡礼することもあった。
乾燥するために、ドライヤーを用いた、と先述した。このドライヤーを使った乾かし方、私の下手な乾かし方のせいで、乾かしている靴下から焦げた匂いが漂うことがあった。
なにより、疲れて無心でパンティーを乾かしているとき、ふと焦げ臭いにおいがしたかと思えば、いつの間にか一部分が茶色に変色した。そして、変色した部分は、まもなくぽろぽろと黒い灰になって、洗面所中に消えていった。
パンティーに、穴をあけてしまった。
最悪現地で捨てても問題ない程度の、履き古したものを持って行ったため、捨てることに対してはなんの躊躇もなかった。しかし、どうしたものか。何らかの拍子にパンティーの股部分が裂けた、という話は聞いたことがないことはないが、乾かして穴をあけたという妙な話は、今までも、きっとこれからも聞くことはないだろう。
それでも、ドライヤーでパンティーを乾かすと穴があくことを学ばなかった私は、その後もダメにしてしまったパンティーがある。落ち込んだ記憶はあるが、あっさり「まあ荷物は軽くなるに越したことない」と都合よく考え、それほどの重量でない穴のあいたパンティー2枚とも、巡礼の地で別れを告げた。(ホステルの清掃員も、見ず知らずのアジア人女性のパンティーを捨てる羽目になるとは、申し訳ない)。そうだ、パンティー2枚ごときでくよくよする、そんな器の小ささではない。私の心を舐めるな。
だが、問題はこれからだ。残ったパンティーは2枚。1枚は着用し、もう1枚は翌日のための予備となるが、もしこれが乾かず、再びドライヤーを手にし3度目の穴あけを施してしまう、あるいは着用するものが汚れてしまうことを考えると、パンティー1枚の自転車操業で巡礼を終えなければならなくなる。いや、両者の不幸が襲いかかる可能性も否定できない。そしたら、私はノーパンティー状態だ。お尻に直接ジャージを履かせ、最終目的地・聖地サンティアゴに向かわなければならなくなる。仮に無事ゴールできたとしても、ノーパンティー状態でミサを受けるのは、多くのクリスチャンや神父にも申し訳ない。おそらく、この巡礼はあの世へ召される直前に、走馬灯のひとつとして蘇るだろう。だが、ノーパンティ状態だったらどうだろうか。死ぬ間際の私が昏睡状態で未来の家族に見守られる中、脳裏では「ああそういやパンティーに穴をあけてしまったな」と恥ずかしい記憶を思い起こして、あの世へいかないといけないかもしれない。
神の前で、ノーパンティー状態はなんとしても避けなければならない。
そのため、4日目に滞在した小さな町で、シャワーを浴びる前に、パンティーを買うことにした。ところが、パンティーを販売しているお店は、巡礼のお土産ショップみたいな小さなところしかなかったのだ。この町の住民は、一体どうやってパンティーを買っているのだろうか……
仕方なく、そのお土産ショップで目についた、コマネチラインのパンティーを買った。お店のオーナーはなぜかアジア系女性だったが、少なくとも日系ではなさそうだった。1枚1ユーロ。安い。
購入後、ホステルで着用するためにタグを取り外したところ、パンティーに関して、気づいたことがあった。
それは「D&C」という刺繍が、パンティー中央に施されていたことだ。フォントを見る限り、イタリアのブランド「ドルチェ&ガッパーナ」を模倣したものだろう。だが、この刺繍の下部に小さく「ドルチェ&カミーノ」という文字がローマ字で書かれていた。やはり、お土産ショップだけあって「これはあくまで巡礼のお土産にすぎない」と主張したがっているようだった。
そして、シャワーを浴びたあとに履いたとき、妙な違和感を覚えた。股部分に、何かを収納するポケットみたいなものがあったのだ。
「そうか、このポケットはそういうことか」
お土産ショップであわてて購入したパンティーは、男性用パンツだった。
5日目は、この「ドルチェ&カミーノ」パンツを相棒にし、歩いた。